そろそろ世の中は「卒業の季節」というのになって来るんでしょうか。
今日は僕の嫌いな言葉。
その中のひとつのお話。
僕の嫌いな言葉は"卒業する"です。
アユブログをご覧の皆様、こんにちわ。
信藤です。
学校などのカリキュラムの終了をもって、一定の成果を身に付け、
その過程を終了する事を卒業といいますよね。
他にも継続してきた何かを、止める事を卒業といったりします。
僕はこの後者の"卒業"というのが、凄く嫌いなんですね。
▼学校を「卒業する」というニュアンスからすれば、
卒業というのは成長におけるステップの一種と言えるかもしれません。
小学校、中学校、高校という流れを考えれば、
卒業=大人に近づくこと、大人になることとも考えられます。
免許を取るタイプの自動車教習所や調理師専門学校などからすれば、
卒業は免許や資格を得て、一人前もしくは一人前になるためのスタートラインに
立つ視覚を得るみたいなものでしょうか。。。
学び段階を踏むこと、その結果でその過程を終える。
この過程について卒業というのに異論は無いんですが、
いつまでもそんな事してないで"卒業しなさい"
...みたいな事を言われたことないですか?
特に趣味やなんらかの行動について言われることが多いと思うんですが、
僕は趣味や遊びって生活に支障をきたしたり、
誰かに迷惑をかけることでなければいつまでも続けて良いもの、
むしろ「継続は力なり」だと思ってるくらいなので、
こういう言われ方をすると、
脱落や投げ出す事さえ"卒業って言葉で美化される"感じがして嫌なんですよ。
飽きっぽい奴こそ、誰より大人とかおかしいじゃないですか。
三日坊主最強か?
好きなことを突き詰めよう、それこそステップ踏んで
上に行こう、レベルアップして行こうとするのを「馬鹿にする風潮」さえ
感じることもありまして...
確かに何かそれだけ突き詰めてれば良いということはないですが、
誰だって最初は一個から始まるわけで。
向上心持ってやってれば「これだけでは足りない」とか思って
別の分野やさらに上にだって手は出しますって。
何でしょうね、自称"大人"の皆様の話を総合すると
無趣味、無感動、無関心が大人の条件って言われてる気がするんですよね。
何でもかんでも"始まりがあったら終わりがあって然るべき"とか
"大事なものを無条件に捨てて行ってこそ大人"とか
"卒業しなければ、それは落第"という風な考え方が好きじゃないワケで。
...まぁ、そういう考え方はともかくとして、
頑なに「卒業」を拒む姿勢は子供かもしれませんがね。
だからといってそれを恐れはしないんだぜ?
一生青春だべ(゚ω゚)☆
...なんかキレイにまとめましたよ?



